齋藤愛希信牧師のことば
ある人が、こんな話をしてくれたことがあります。
「私は、神様なんていないと思う。」
「でも、もし、いるのなら、本当にいるのなら、神様のことを知りたい。…もし、本当に、いるのなら。」
彼は、そうして教会の扉をたたきました。
ひとは苦しみに会うと、「神などいるはずがない」とつぶやきます。では、どうして喜びにあった時に、神がいるということに気付かないのでしょうか。結局、ひとは自分の思うように生きていたいだけなのです。
本当に、神様を知りたい思いがあるならば、どうぞ教会へ来てみてください。聖書を開いてみてください。必ず、そこに答えがあります。2000年以上の間、世界中の多くの人がここに真理を見出し、生きる意味を見つけました。
聖書は、変わりゆく時代にあっても、変わらない真理をもって、ひとの歩むべき道を照らしています。聖書は、私たちの人生の意味を教えてくれます。偶然に生まれ偶然に死んでいくのではありません。神さまとはどんな方なのか、神の愛とはなんなのか、人 の生きる意味とはなんなのか。
ぜひ、一緒に聖書を読んでみましょう。必ず、ここに、答えがあります。
心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。
悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。
柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。
義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。
あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。
心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。
平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。
義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。
『新約聖書』
